この文章はLassの前身になる同人サークルでシナリオを依頼された際、
剣技マナから出された課題内容に則って、生まれてはじめて書いたエロゲ風の短編です。





課題内容
「一人称シナリオ」
「男一人、女二人」
「学園もの。放課後のチャイムから校門を出るまで」




1:「たったひとつのベタなやり方」
2:「ぼくたちの儀式」
3:「蛮名を叫ぶモノ」




■1 :「たったひとつのベタなやり方」

○教室。チャイムのSE。
  放課後を報せるチャイムが響き渡る。
  担任の清水は、滅多に夕方のホームルームを開かない男なので、
  部活動のある連中はこのチャイムが鳴る頃にはもう教室にはいない。
  教室には俺たちを含めて10人もいない。

結輝 「おい、理奈。 なにしてんだよ。帰ろうぜ」

  いつもなら騒がしいぐらいのテンションでしゃべりまくり、
  真っ先に教室から飛び出して、俺や他の友達と遊びにいく理奈が今日は妙なほど大人しい。
  なにか思い詰めた雰囲気で、自分の席から立とうとしない。
  ややうつむき、前髪で表情がよく見えない。
  静かな理奈ほど不気味な存在はない。
  俺は理奈の机の隣に立ち、顔を覗き込む。

結輝 「どうした? 腹でも痛いのかよ。
    道に落ちてた焼きそばパンでも食って、腹でも壊したのか?
    分かった! 生理……」

  どげしっ。
  なんの躊躇もなく顔面を蹴ってきた。

理奈 「ほんっ……とに、デリカシーの欠片もない男ね、まったく」

  硬かった表情が呆れ顔になって、ちょっとほぐれた。

結輝 「へへ、悪かったな、品性下劣が俺のモットーなんだよ。
    なんだ、元気じゃねーか。
    ほら、はやく行こうぜ。 みんな帰っちまうよ」

  俺がそう言うと、理奈の表情は思い出したように曇る。

結輝 「?」

  理奈が俺を一瞥。

理奈 「はぁぁぁ…………」

  理奈は、これ以上はないほどのため息をついた。

結輝 「???」


○回想
  俺、織倉 結輝と、服部 理奈とは、モノゴコロがつく前からいっしょに過ごしてきた。

  よくある地方の産業都市として栄えていた綾篠(あやしの)市には数多くの工業団地があり、
  その団地のうちのひとつで隣同士だったのが織倉家と服部家だった。

  綾篠市は明治以降急激に発展した紡績産業の街で、
  俺や理奈の両親がくらしはじめた頃までは街全体が潤っていたという話だ。
  隣同士で親同士仲がよかったせいか、幼い頃の俺と理奈は、どっちが自分の家か分からないほどに、
  お互いの家で遊び、寝泊りをしていた。
  子供心に、自分の部屋が二つあるような感じで、他の団地の子に対して優越感を抱いていた憶えがある。

  理奈の家は、父子家庭である。
  理奈の母親は、理奈を産んですぐに亡くなられたのだが、明朗快活なお父さんに育てられたおかげか、
  幼い頃は俺より活発な餓鬼だった。
  物静かなウチの親父と、理奈のお父さんが何故あんなに仲が良いのか分からないが、
  その親父同士の交友のおかげで二つの家族は「一つ」の家族のように暮らしてきた。
  だから理奈は、俺の母ちゃんを実の母のように慕っている。
  ウチの母ちゃんは親父と対称的におしゃべりで、理奈のテンションの高さはウチの母ちゃんから感染ったものだろう。

  俺と理奈は餓鬼の頃から一緒に遊んできた。
  もちろん、小学校も中学校も一緒だった。
  俺と遊んでばかりいたせいか、中学校までは「男子」の遊びばかりだったし、
  「男子」のグループの中にいる時間が多かったせいか、女友達が少なかったように思う。

  理奈が少しだけ変わっりはじめたのは、俺と同じ高校に進学してからだった。
  今までのように俺や他の男友達と遊ぶのは変わりなかったが、ようやく女友達と遊ぶ時間の方が多くなった。
  そして、今ではクラスの女子の守護神的存在として、いかつい男子どもすら黙らせている。
  クラスや遊び友達のグループを率先するタイプであることには変わりないが、
  小さい頃から見ている俺からすれば、理奈も随分「女の子」らしくなったと思う。


○教室
  健康的なショートカット。
  小動物のようなクリクリの瞳は餓鬼の頃から変わっていない。
  いつも相手の瞳をまっすぐ見つめて話すので、こちらに何か後ろめたいことがあるとすぐにばれてしまった。
  今はわざと目を見られないように、うつむいているようだ。
  しゃべっているとすぐに高揚して紅くなる肌は、意外に白い方なのかもしれない。
  標準から比べればやや小柄な身体は、いつもならば文字どおり飛び回る勢いで動いているのだが、
  椅子から動かない理奈はいつもに増して小さく見えた。

結輝 「どうしたんだよ、理奈ぁ」

  そうこうするうちに教室には、俺と理奈の二人だけになった。

結輝 「んー、なんか悩み事があるなら、おぢさんにゆーてみぃ。
    うら若き女子高生だ、悩み事のひとつやふたつ誰でもあるでしょー?」

  茶化してみても効果はない。
  思い詰めた表情が一層深くなっただけだ。
  こんな理奈は初めてだ。俺は少し困惑する。

結輝 「どうしたっていうんだ? 理奈らしくないぞ」

  そう言いながら俺は、理奈のそばから離れ、窓際に歩いていく。
  突き抜けるような青空の下、校庭のグランドではサッカー部が県大会に向けての練習にいそしんでいる。
  こんな日は我等「帰宅部」も部活動に励まなくてはならない。
  「綾篠一校 拳友会」の連中がゲーセンで待っているに違いない。
  ふと、校舎から見て左手にある校門に目をやると、人影が一つある。
  肩を覆う長い黒髪。大きなメガネ。
  二階のこの教室からでも、見覚えのある特徴的なその女の子は判別できた。

結輝 「おい、理奈。 校門のところで美由ちゃんが立ってるぞ。彼女、おまえのこと待ってるんだろ?」

  俺のその言葉に、理奈はびくりと身体を強張らせた。

  相澤 美由は、高校に入ってからの理奈の一番の友達である。
  彼女はおっとりした性格といえば聞こえはいいかもしれないが、彼女のそれは「おっとり」の範疇をはるかに超えている。
  たとえるならば綿毛のような性格、とでも言えるだろうか。
  マンガ好きの彼女はいつもなにやら空想しているらしく、ほうっておくと、ほわ?とした表情でたたずんでいる。

  ハチドリのように動く理奈と、どこでどうやって仲良くなったのかが最大の謎だが、
  理奈に急かされて彼女は人並みに行動し、
  彼女にセーブされているおかげで先走りがちな理奈が落ち着きを覚えたのかもしれない。
  そう考えれば絶妙のコンビとも言える。
  高校の入ってからの理奈が女の子らしさを少しでも身に付けた理由は、
  彼女、美由がいたことが大きいだろう。
  トロいことを除けば、美少女と言えないこともない容姿だし、
  実際は成績は学年で上位に入るほどの切れる頭を持っている。 
  それに今どきでは珍しいほど清楚な雰囲気の女の子だ。

結輝 「美由ちゃんも待ってることだし、もう行こうぜ。
    なんか悩みでもあるんなら帰りながら聞いてやるからさぁ」

  そう言い、俺は理奈の肩を掴もうとした。

理奈 「 っ!」

  理奈はとっさに身をすくめる。
  理奈は目は潤ませ、下唇をかるく噛む。

結輝 「……」

  気まずい沈黙。

  理奈は、なにやら決心したように自分の机から手紙を取り出すと、俺の顔も見ずにその手紙を突きつける。
  俺は黙ってそれを受け取る。
  淡いピンクの封筒に、ハートのシールで封がされているそれはまぎれもない「ラブレター」だ。

  ドクッと、自分の大きな鼓動が耳にとどく。
  今日の理奈の不可解な反応が、高速でひとつの答えに向かって組みあがっていく。
  教室という空間、目の前にいる見慣れた幼なじみが、まったく別ものに感じる。
  理奈という「女の子」がいる。
  当たり前だけど、いままで気付きもしなかったことが、今、この瞬間、現実だと理解した。

結輝 「理奈……、お前」

  理奈の表情を見ると、何故か悔しそうな、切なそうな顔で教室の前方を見つめている。
  俺はその表情の意味が理解できなかった。
  違うのか。
  手に持った手紙をよく見る。

  「織倉 結輝さまへ」

  手紙を裏返す。
  そこには、

  「相澤 美由」

  と、書かれていた。

  ドッと、汗が噴き出す。
  理奈を女として意識した興奮で火照っていた頭が、
  「勘違い」に気付いた恥ずかしさという違う熱で、耳まで熱くなる。

結輝 「ははは、なんか照れるなぁ。 こおいうの経験ないから。
    今どき、ラブレターかぁ。 いや、悪くない。 決して悪くない。
    なんだ、美由ちゃんも理奈なんかに頼まずに、直接俺に渡してくれても良いのに。
    な、なぁ、理奈」

  照れ隠しに早口でしゃべってから、理奈の方を見ると、その大きな瞳には、溢れんばかりの涙が溜まっていた。

理奈 「良かったじゃない、ユウ。
    あんたみたいな下品な男には、美由みたいな可愛い子は勿体無いくらいだわ。
    美女と野獣。 月とすっぽん。 
    このことを他の男子が知ったら、卒倒ものね。 
    あなた、みんなに暗殺されちゃうわよ。
    ユウのためにも、他のみんなのためにもこの事実は黙っていてあげる。
    ……とにかく、せっかく美由が告白したんだから、断ったりしたら……
    私が…承知しないからね。
    わかっ……た…?」

  いつものように毒舌が滑り出したかと思った瞬間、理奈は詰まった。
  最後の言葉が口から出る前に、
  理奈の白い頬を、ゆっくりと涙が一筋つたい、
  そして、震える手の甲に落ちる。
  俺に向かって問いかけた疑問符と、理奈が自分自身の涙の意味を理解しきれない疑問符とが重なっていた。

結輝 「理奈……?」

  最初の俺の考えは、間違ってなんかいなかったのだ。
  勘違いではなかった。
  この手紙も本物なら、理奈の想いも、涙も本物なのだ。
  理奈は、とめどなく流れ落ちる涙を、悔しそうに目に押し返そうとしていた。

結輝 「おまえ、もしかして……」

理奈 「………」

結輝 「俺は」

  俺の中で、様々な感情が交錯する。様々な記憶がフラッシュバックしてくる。
  いつも、そばには理奈がいた。
  家族のような存在。
  空気のように、必要不可欠な存在。
  いつも屈託なく微笑んでいたこの顔が、今、涙でくしゃくしゃになっている。
  ほんとうに大切なものは、いつもそばにあって、近すぎて、気付きにくいものなのだろう。
  こういうきっかけがなければお互いに、その心地の良さに安住して気付きさえしない想い。
  けれど、その想いは紛れもなく俺の「すべて」なのだ。

結輝 「理奈。 俺は……」
理奈 「ダメっ………」

  か細い、けれど決意のこもった声。
  理奈は、真っ赤に泣きはらした眼で、まっすぐ俺の顔を見る。

理奈 「その先は、言っちゃダメ。
    私も、ユウが言おうとしていることと同じことを考えたの。
    ……。
    でもね、美由は私の親友なの。
    ほけ?っとしてて、なに考えてるか分かんなくて、そこが可愛くて、いっしょにいると楽しくて。
    親身になっていろいろしてあげたくなっちゃう………
    それでいてね、私の足りないところを助けてくれるの。
    実は、頭もすごく良くて………」

  涙声が、美由のことを語るうちにもとの声に戻りはじめる。
  美由のことを想像しているのだろう。理奈の顔に笑顔が浮かぶ。

理奈 「それで、私、ユウのことも大好きだし、一番の親友だと思ってる。
    幼なじみだし……」

  理奈は、少し照れ笑いをし、そして目をふせた。

理奈 「この手紙を渡して、って美由に言われて。
    そのとき、はじめて気付いたの。
    ユウのことがすごく、 ……すごく好きなことが」

結輝 「なら」

理奈 「聞いて。
    でもね、やっぱり、それ以上に今のこの関係がいいと思うの。
    美由がいて、ユウがいて、みんながいて、みんなで遊んで。
    それが私には一番大事なんだと思う。
    ユウだって、そうでしょ? ね?
    だから、私は大丈夫。
    私のためにも、美由のところに行ってあげて。 ………お願い」

  理奈は笑った。いつもの笑顔だった。

結輝 「それで、それでいいのか。 理奈」

理奈 「決めたの。 だから、ユウも行って」

結輝 「………」

理奈 「………」

  懸命に微笑もうとしている理奈。
  俺は、美由の手紙を持ったまま教室を出た。


○校庭、校門に向かう道
  空は、突き抜けるくらい青い。
  青の、その上。
  黒い宙すら見とおせそうなほど澄み切った空だ。

  校門の両脇にある柱の一方にもたれかかるように立つ少女。
  美しい黒髪が風にあそばれて揺れている。
  大げさなほど大きいメガネの奥のややたれ気味の眼が俺の姿を見つけたとみえて、こちらをじっと見ている。
  相澤 美由の前に立つ。

美由 「こんにちはぁ」

  美由は右手を頬に添えて、やや右に傾いた。

結輝 「お待たせ」

美由 「その手紙ぃ、読んでいただけましたぁ?」

結輝 「いや、まだ中は読んでない。けど、内容は分かる。」

美由 「??」

  美由は不思議そうに反対方向に傾く。

結輝 「……。
    気持ちは嬉しいけど、………俺は君とは付き合えない。
    俺は……、理奈が、好きだから」



  沈黙。



美由 「そんなことは、知ってますわぁ?。
    理奈ちゃんといるところをぉ、見ていれば分かりますよぉ」



結輝 「????」

美由 「理奈ちゃんって利発そうですけどぉ、そうゆうところは遅れているというかぁ、奥手というかぁ、
    わざと意識しないようにしているみたいなんですよねぇ」

結輝 「はあ」

  そこまでしゃべると美由は、頬のあてていた手をはずし、ビシィっと俺の顔を指さした。

美由 「理奈ちゃんの態度を見ているとぉ、
    この気のながぁ?…………いことで有名なわたくしでもぉ、
    我慢できなくなってくるのですぅ。イラぁイラぁしてくるのですぅ」

  そうなのだろうか。俺には分からないが、きっと彼女はいらついているのだろう。

美由 「そこでですねぇ、じゃかじゃ?ん」

  と言って、俺の持つ手紙を指さす。

美由 「美由のぉ、愛のキューピットぉ、だぁいさぁくせぇ〜ん」

結輝 「大作戦?」

  俺は手紙を開封する。

  「織倉 結輝さまへ
   わたくし、服部 理奈ちゃんの友人の相澤 美由と申しますぅ。
   単刀直入に申し上げますぅ。
   理奈ちゃんは、織倉さんのことがぁ、
   好きでぇ、好きでぇ、しょうがないみたいですぅ。
   だから、織倉さんもぉ、理奈ちゃんのことを好きにならなきゃダメですよぉ」

  何故か手紙の文章まで間延びしている。

結輝 「はははははははははははははははは。
    ごめん、ごめん。理奈も、俺もすごい勘違いをしてたんだね。
    こりゃいいや」

美由 「すごいでしょぉ、うふふふふふふふ」

結輝 「これって、理奈が勘違いすることも計算の上で、理奈から俺に渡してくれって言ったの?」

美由 「当たり前じゃぁないですかぁ」

  俺は笑った。
  理奈も、性格の悪い友達を持ったものだ。

美由 「理奈ちゃんって、ほんと?に恋愛関係ってうとくて、避けてばかりいるんですよねぇ。
    わたくしのこっちの趣味のことなんかぁ、ぜぇんぜぇん知ろうとしないからぁ、
    わたくしの罠なんかにぃ簡単にひかっかるんですよぉ」

  そう言うと、美由は傍らに置いてあった大きなバックを、ゴソゴソと探り、本を取り出す。

  「ショタ専科 僕ちゃんと赤」

  「僕のガクランを白く染めて 十八禁」

  「薔薇と菊の詩」

結輝 「ぬはう! これは、噂に聞くホモマンガっ!」

美由 「違います。ショタと、ボーイズラブと、ハードジュネです」

    急にはっきりとしゃべってそう答えた。

美由 「わたくし、三次元の男の方には興味がないのですぅ。
    親友の趣味ぐらいぃ、知っていてほしいですよねぇ、織倉さん」

結輝 「まったくだ」

美由 「それではごきげんよう?」

  美由は綿毛のように、ふわふわと俺の視界からフェードアウトしていった。

  俺は、ゆっくりと踵を返し、空をあおいだ。
  空は突き抜けるほど青い。 

○教室
  音を立てずにゆっくり教室に入る。

  理奈は、自分の机に顔を伏せ泣いていた。

  『それが私には一番大事なんだと思う』
  『決めたの。だから、ユウも行って』

  強がりで、おしゃべりで、いつも騒がしくて。
  小さい身体が嗚咽のたびに揺れる。

  『だから、私は大丈夫』

  無理をした笑顔を思い出す。
  俺は素直に、とても愛しいと感じた。
  そっと、理奈の後ろに立つ。
  華奢で小さな肩を抱きしめる。

理奈 「きゃっ!?」

結輝 「理奈……」


○校門
  俺たちは、並んで歩く。
  抜けるような青空の下、俺たちの新しい日々がはじまる。

END